2011/07/14

夏の地球 #2

















「アナタ、銀次と金次知ってる?」

突然、話しかけてきた女の目はその昔、ゴアやヒマーチャルでよく見かけた
懐かしい目をしていた。意識がどこか別な場所を浮遊しながら感情に揺さぶられ、
上がったり下がったりしている様な、アシッドとチャラスとアルコールの混ぜあわせで
コントロール不能になった浮力と重力に弄ばれたそんな目だった。

「どこの銀次と金次?」
「インドの」
「インドの」と言い放った一瞬、女の顔には「畏れ」と「恥」の兆候が滲み出た。
そんな顔さえも懐かしく感じた。そんな顔ができる女は並大抵の女じゃない。
堕ちるとこまで堕ちなければできない顔だ。在りのままを晒し何も隠そうとはしない
図太さがなければできない顔だ。

「銀次と金次、知ってるよ。でもアンタのいう銀次、金次とは違うかもしれないけど」

記憶に佇むその二人に初めて出会ったのは数十年前のゴアのフルムーンパーティだった。
シャツにもパンツにもゴールドのスパンコールがびっしりと縫い付けられている
パーティ衣装を着た男がいた。その横にはシルバーのスパンコールのパーティ衣装の男。
二人とも頭にはオレンジ色の布を巻いていた。パーティ衣装に真新しさはなく、
大事に使い込んでいる風化の味が備わっていた。圧倒的な数の欧米人ツーリストの中で
その日本人二人は目立っていた。ゴアに長期滞在している者達の間でその二人を
知らぬ者はいないほど有名らしくKin-ji」「Gin-ji」と呼ばれていたのだ。

Kin-jiのそばではいつもパーティ犬が踊っていた。
パーティ犬というのはアシッドを摂取している犬がその効き目に感覚を肥大させ
幻覚、幻聴において激しく飛び回りながら遊んでいるかのように
パニックに驚いている犬の総称だった。アンダーグラウンドのレイヴパーティでは
よく見かけたものだ。興奮しながらまるでフリスビーをキャッチするかの様に
高くジャンプしながら飛び回る様子はまさに音楽にのって華麗に踊るようにも見えた。

Kin-jiのそばにパーティ犬が集まってくるのはKin-jiが犬と会話できるからだと
周りの誰もが信じていた。実際、Kin-jiには不思議な力があった。
アシッドは人間でも摂取経験が浅い者、摂取時のセッティングの如何によっては
誰もが簡単にパニックに陥る。犬の場合、よほど慣れている犬でない限り
ほとんどの犬がかなり強烈なパニックに陥る。死んでしまうこともよくあるのだ。
しかしKin-jiが一言二言、声をかけるとパニックに陥っていたはずの犬がすぐに
大人しくなる。感覚の肥大がもたらす恐怖感がkin-jiによって取り除かれるのを学び、
アシッドの効き目がピークになろうとする頃に犬達はKin-jiのそばにやってくる。
パニックに陥った犬達にとってKin-jiは神様のような存在だったのかもしれない。
Kin-jiのそば安心を取り戻した犬達にGin-jiが水を飲ませる。バケツの水はすぐに
なくなった。Gin-jiが鳴き声まねて遠吠えをあげる。すると犬達もそれにならって
遠吠えをあげる。その光景を眺めながらKin-jiは目を細めて笑っていたものだ。


Kin-ji Gin-ji二人の踊りは人目を惹いた。軽やかで繊細なKin-jiの踊り、
振り幅の激しいダイナミックなGin-jiの踊りはそれぞれに絡みつくように
物語を進行させるのだ。やがてその物語のクライマックスは朝陽とともに訪れる。
ゴールドとシルバーのスパンコールに生まれたての朝陽が充填され反射される時、
二人の存在そのものが神格化されるようだった。朝陽を全身に纏い踊る二人、
それはあまりにも強烈な光景だった。私は彼らに対して憧れよりも畏怖の念を抱いた。


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