2011/08/05

夏の地球 #4
















私の問いに対して「銀次と金次、知ってるよ。でもアンタのいう銀次、金次とは
違う可能性もあるけど」と、男はそう答えた。
スツールを二つ開けて私の左側に座っているその男はウィスキーを飲みながら、
漂う煙のどこか一点に視点を合わせたまま記憶を旅しているようだった。
ある的確さをもって記憶の中の時間と場所、その対象を捉えているように私は感じた。

この男は間違いなく銀次と金次を知っている。
そう想っただけで身体が熱くなるのを感じた。いつ頃のことを知っているのだろうか。
私自身も以前気づかぬうちにどこかでこの男に会っていたのだろうか。
いや、そんなはずはない。私は一度会った人間を決して忘れない。
私がこの男に「銀次と金次を知っているか」などと思わず声をかけてしまったのは
懐かしい胸騒ぎを感じたから、というだけではない。
この男なら私の知らない「銀次と金次」の何かを知っているに違いない、という
確信にも似た直感からだった。私の直感は私の期待に反したことがない。

金次のことを私はよく知らない。実際に金次に会ったことがない。
私が銀次に会った時、金次はすでに死んでいたからだ。
銀次は金次のことを私に話したがらなかった。だから私も銀次から
話しを聞こうとはしなかったし、銀次のいる場所で金次の話しをすることは
御法度のような雰囲気がすでに出来上がってもいた。
金次の死を悔やむ故の銀次の荒れっぷりは狂気にみちていた。
だからいつの間にか友人知人も銀次の前では金次の話しをしなくなった。
だから私は銀次のいないところで時折、金次の話を聞いた。

金次には如何なる生命、如何なる霊魂とも会話することのできる神通力があり、
それらを示すようなたくさんの伝説があった。
どんな話しの中でも金次はカリスマを越えたまるで預言者のような存在だったが、
私がそれ以外に金次のことで知りたいことを教えてくれる人はいなかった。
私は金次がどこでどのような最期を迎えたのか、そのことを詳しく知りたかったのだ。

バーテンがアイスピックで氷を砕く音が不意に耳に入り込んだ。
どうやら私の意識も浮遊していたらしい。
バーテンがウィスキーの入った新しいグラスを男の前に置いた。
「ありがとう」と男に声をかけられたバーテンが驚きのあまりビクリと背筋を伸ばした。
ゆっくりと視線を私に移した男の目は完全に瞳孔が開ききっている。
記憶の中の微細な光を追いかけた証だ。
きっと今、私もこの男と同じ様に「畏れ」と「恥」を貼りつけたような
まるでジャンキーか廃人のような表情をしてるだろう。

そう想った瞬間、私と男は多分、同時に微笑んだ。
この男は間違いなく銀次と金次を知っている、それも私の知らない何かを知っている、
いや、私の知りたいことを知っている。あらためて私は確信した。

次の瞬間、グラスの割れる音が響いた。









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