「し、し、しッ・・・」
多分、『失礼しました』と言いたかったバーテンは諦めた。
グラスを割って派手な音を立ててしまったことを謝ろうとしたのだろうが、
どもりすぎて結局、言葉を呑込んでしまったようだ。でも呑込んで本当に厄介だったのは
どもりすぎて結局、言葉を呑込んでしまったようだ。でも呑込んで本当に厄介だったのは
言おうとして言えなかったことではなく、見ていた目の前を想い違えたまま肚の奥で
嘲笑っていたような自分の浅はかさのイメージそのものだった。
日常に慣れきったバーテンは浅くて薄い自分自身に今、気付いてしまったのだ。
嘲笑っていたような自分の浅はかさのイメージそのものだった。
日常に慣れきったバーテンは浅くて薄い自分自身に今、気付いてしまったのだ。
そしてその想定外に対して急激なパニックに陥った。バーテンの青ざめた顔、その顔には
まぎれもなく「恥」そのものがへばりついている。バーテンがその顔から「恥」だけを
都合よく拭い去ることは決してできない。その術を思いつくわけもない。
まぎれもなく「恥」そのものがへばりついている。バーテンがその顔から「恥」だけを
都合よく拭い去ることは決してできない。その術を思いつくわけもない。
「ざまぁみろ」
普段、地球Aにおいて私がひたすらに隠している「もう一人の私」が言い放った。
私は身をのり出してカウンターの内側にあったウィスキーをグラスに注いだ。
顔を無理矢理ライトの下に曝け出しバーテンにちゃんと解るように言った。
「一気に呑めよ。落ち着く。無理に取繕うよりいい」
深夜、4時を過ぎている。もう客は来ないだろう。バーテンはグラスをつかみ一度、
舐めるようにグラスを口につけた後で、一気にウィスキーを飲み干し目を瞑り
溜め息をついた。
舐めるようにグラスを口につけた後で、一気にウィスキーを飲み干し目を瞑り
溜め息をついた。
「ぁ ありがとうございます」
そう小声で呟いてからバーテンがようやく割れたグラスの破片を片付け始めた。
私は自分のグラスにも無断でウィスキーを注ぎ足してからボトルをもとに戻した。
そして女のすぐ横に席を移す。女は口元だけ笑っていた。
目は相変わらずどこか遠くへ行ったままだ。
そう小声で呟いてからバーテンがようやく割れたグラスの破片を片付け始めた。
私は自分のグラスにも無断でウィスキーを注ぎ足してからボトルをもとに戻した。
そして女のすぐ横に席を移す。女は口元だけ笑っていた。
目は相変わらずどこか遠くへ行ったままだ。
「伝わる時は言葉なしにビビッと伝わっちまう。笑いも涙もそうだが、恐怖は特にだ。
気配が濃くなると一瞬で伝わる。俺もアンタも気配を濃くし過ぎたんだ」
気配が濃くなると一瞬で伝わる。俺もアンタも気配を濃くし過ぎたんだ」
「恐怖を伝えた覚えはないわ。アナタの言う気配を勝手に恐怖に変えたのはあのバーテン
さん本人なんだから仕方ない」
さん本人なんだから仕方ない」
「まぁ、そういうことではあるが、でもKin-jiはそんな気配をもっと上手に操ったよ。
Kin-jiならどうしたかなぁ、どうしたと想う?」
Kin-jiならどうしたかなぁ、どうしたと想う?」
「Kin-ji。やっぱりね。アナタどこで金次に会ったの?」
「パーティの海辺と黒い宝石の山。ところでアンタ何者?ちょっと気になったんだが、
アンタ、銀次と金次、って言ったよな?引っ掛かるんだよ、誰もがあの二人のことは、
金次と銀次、って言うんだけどね」
金次と銀次、って言うんだけどね」
女が鼻で笑った。
「へぇー、そこ?確かにそうだったわね、アナタの言う通りだわ。
私が銀次と出会った時にはもう金次はこの世にいなかった。銀次と暮らしていた時、
少しだけ金次の話しを聞いただけよ」
私が銀次と出会った時にはもう金次はこの世にいなかった。銀次と暮らしていた時、
少しだけ金次の話しを聞いただけよ」
Gin-jiと暮らしていた女。
それで女に漂う気配、意識を解放するためか常にどこかを彷徨っているような
女の目線の意味を私は理解した。この女はプロだ、私は直感した。
それで女に漂う気配、意識を解放するためか常にどこかを彷徨っているような
女の目線の意味を私は理解した。この女はプロだ、私は直感した。
「Gin-jiは今、日本にいるのかな?」
「さぁね、日本じゃないと思うわよ。もう6年も会ってない。今頃どこにいるのかしらね」
「じゃぁ、アンタは今フリーで稼いでるってことか?」
女の目が一瞬、鋭くなりかけたのを見逃さなかった。大きくはズレていないらしい。
「アナタこそ何者?」
「俺はただの旅人だ」
女がまたフッと鼻で笑った。
「ほう、傑作だわ。なら私も同じ、ただの旅人よ。私は以前、アナタにどこかで会ったこと
があったかしら?」
があったかしら?」
「会ったのは今日が初めてだ。でもアンタのことは知ってたことになる。パーティなんかで
Gin-jiから火の番人を任されてた男からアンタのことを聞いたことがある」
Gin-jiから火の番人を任されてた男からアンタのことを聞いたことがある」
女が深く目を瞑った。私のヒントで想い出したに違いない。
「なるほど、テツオのことね」
「そう、テツオだ」
当時、テツオはGin-jiの弟分のような存在だった。
もともとグループで群れたりするような男ではなかったからkin-ji、Gin-jiに群れていた
多くのイスラエル人のように常に行動を共にしていたわけではない。
それでもあるタイミングでフラリとGin-jiのそばに現れるのがテツオだった。
もともとグループで群れたりするような男ではなかったからkin-ji、Gin-jiに群れていた
多くのイスラエル人のように常に行動を共にしていたわけではない。
それでもあるタイミングでフラリとGin-jiのそばに現れるのがテツオだった。
Kin-jiとGin-jiは私よりも10才以上年上だったが、テツオと私はほぼ同じ年齢だった。
テツオの友人ということで私はたまたまKin-ji、Gin-jiのそばで過ごしたことがあったが、
そのことでヒマーチャルにいた旅人からはとても羨ましがられたこともあった。
しかしあの時のヒマーチャルでの出来事で私は自分の心に蓋を閉めることになったのだ。
多分、テツオも同じように蓋を閉めたまま数年を過ごしたはずだ。
いや、私やテツオだけでなく、あの時、Kin-ji、Gin-jiの近くにいた者は皆、自分の心の中
に穴を掘り重い蓋を閉めたに違いない。
あの時のヒマーチャルだった。皆の目の前でKin-jiが死んだのだ。
いや、私やテツオだけでなく、あの時、Kin-ji、Gin-jiの近くにいた者は皆、自分の心の中
に穴を掘り重い蓋を閉めたに違いない。
あの時のヒマーチャルだった。皆の目の前でKin-jiが死んだのだ。
そしてKin-jiが死んでしまうことで皆の心も一度死んだのだ。
0 件のコメント :
コメントを投稿